かっしーの家別館 過去の湘南二都物語プロローグ
夢の彼方へ・・・横浜ドリームランド (Vol.1)
ワンダーホイール(大観覧車)。ドリームランドのシンボルでした。
横浜ドリームランド・・・それは1964年、横浜郊外の丘陵地に華々しく開業した、当時の日本を代表するといってもいい遊園地でした。
日本にここしかない、ゴンドラが揺れる観覧車をはじめとするアトラクションの数々、小学生のころスケート教室で行った、マンモススケートリンク・・・
ピーク時には、年間約120万人のお客さんが来園したそうですが、東京ディズニーランド(1983年開業)をはじめとする新興の施設に押されたのと、レジャーの多様化、そして少子化の影響もあったのでしょう、最近の来園者数は、半分以下にまで落ち込んでしまっていたそうです。
そして横浜ドリームランドを語る時欠かすことができないのが、ドリームランドモノレールの悲劇でしょう。
交通アクセスの悪かったドリームランドまで、大船駅からモノレールが伸びたのが1966年。しかし、このモノレールは車両の設計ミスによりたった1年運行しただけで、翌1967年には運行休止に追い込まれてしまいました。以来35年、悲運のドリームランドモノレールは運休中のまま、大船〜ドリームランド間の山中に、その屍をさらし続けているのです。
モノレールが、もし運行されていれば・・・今日の事態は、きっと違ったものになっていたことでしょう。
2002年2月17日、またひとつ、思い出が扉の向こうへと消えていきます・・・
あと1週間で閉園となってしまうというこの日、 ドリームランド周辺は押し寄せるマイカーでぎっしり、大渋滞となっていました。 大船駅からバスに乗った私も、あまりの混雑で途中で降り、 20分近くをかけて歩いてドリームランドへと向かったのでした。 横浜ドリームランドは横浜と名はついていますが、 実際にある場所は戸塚のはずれ、一番近い駅は小田急江ノ島線の六会日大前駅 (ただし徒歩30分近くかかる)というところです。 「湘南ドリームランド」と言っても良かったかも知れません。 ドリームランドに車で行くには基本的に、国道1号線の有名な渋滞ポイント、 原宿交差点を通らなければなりません。 ただでさえ駅から離れていて不便なのに、名うての渋滞ポイントを通らざるを得ない・・・ それがドリームランドの運のなさでした。 バスで一番近いのは大船駅ですが、その運行経路も原宿交差点経由で、 ラッシュ時、そして休日は定時運行ができません。 本当に、ドリームランドモノレールが運行されていたら、と思います。 |
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ドリームランドの入り口近くにて。 頭上に見えるのが、運休中のモノレールの桁です。 大船からドリームランドまで、 ほぼ当時のまま桁が残っています。 |
ドリームランド正面ゲートの脇に残る、 モノレール・ドリームランド駅の廃墟。 |
そして、これも廃墟となってしまいましたが、 1965年〜1994年営業していた、ホテルエンパイヤです。 五重塔状の高層建築(20階建てらしい)で、 できた当時は、画期的な建築物だったそうです。 この付近のランドマーク的存在で、 私の家からも、前はこの塔が見えました(今は途中に マンションができて、見えなくなってしまいましたが)。 最上階は展望レストランになっていて、 ゆっくりと回転していたそうです。 行ってみたかったなあ・・・ |
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朝、開園前の正面ゲートにて。 これは、閉園1日前の状況です。 9時半ごろでしたが、こんなに人が・・・ |
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入園すると正面にあったのが、これです。 みんな、思い思いにいろんなメッセージを書いていました。 もうこの時期になると、園全体が思い出いっぱい状態です。 |
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同じく正面ゲートに入ったところにある、記念撮影コーナーにて。 | |
これも、ゲートそばに貼ってあったものです。 モノレール運行中の写真やら何やら、かつてのドリームランドの栄光を偲ばせてくれるものばかりでした。 |
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正面ゲートを入ってすぐのところに広がるエリア。 上の「思い出の写真」によると、開園当初は、庭園になっていたようです。 下左はメガダンス、下右はメリーゴーランドです。 Vol.2でご紹介するミュージックエキスプレスも、このエリアにあります。 そしてこの下は、この付近一帯を近くにあった展望台から俯瞰したところです。 |
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